2014年10月31日金曜日

ベンゾジアゼピン系薬物の依存性とドパミンの放出

ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、非常によく使われます。また、ベンゾジアゼピン系の薬物は、精神安定剤、あるいは抗不安薬としても一般の臨床でよく使われます。この薬は、生体内にあるGABAという神経を抑制する神経伝達物資の働きを上げることによって、様々な神経の働きを抑制し、その結果として眠気や、鎮静の作用が出るものです。

この薬は、生命への危険は非常に低い安全な薬と言っても良いと思います。生体内にあるGABAという物質の利用効率をあげるので、最大限でも生体内にあるGABAの働きを最高に高めるという点でいくら飲んでも働きには限りがあるということがあります。ただ、多量に服用すれば確実に強い意識障害の状態になりますので、容量を厳格に守ることは重要です。過量服薬の結果、嘔吐をして気管が閉塞しても意識が低下しているためにそのまま亡くなるケースもありますし、そうでなくても一方の腕を下にして、寝返りなく眠り続けた結果、神経麻痺がおきるケースもまま見受けます。

いずれにしても注意は必要ですが、最も注意を必要とするのは依存性があることです。薬物の依存性は、殆どは腹側被蓋野(VTA)から側坐核(N. Accumbens)に投射するドパミン神経のドパミン放出を促進する作用によるものです。この経路は報酬系と呼ばれていて、これによって気持ちが良くなり、依存が生まれるというものです。

ベンゾジアゼピンの依存に関連した神経経路 VTAからN. Accumbensへのドパミン神経が活性化される

ベンゾジアゼピンは、この経路の活動を強めるため依存が生まれるわけです。したがって、安全だからといって簡単に投与していると、患者さんはやめられなくなるということが有ります。使用法によっては良い薬なので、使用を禁止する必要はありませんが、このような知識は臨床家はきちんと持ちたいところだと思います。

2014年10月29日水曜日

私が監修したヒーリング・ミュージック (5) Refine~赤ちゃんのおやすみ~


赤ちゃんおやすみというタイトルのこのCDは、赤ちゃんが眠れるような工夫をして作ったCDです。疲れて帰ってきたお父さんやお母さんの気持をほぐしてくれる赤ちゃんですが、疲れている中でなかなか寝付かず、イライライしたという経験をお持ちの方も多いと思います。「おおい、もうそろそろ寝てくれよ。」いう思いで、いろいろな工夫をされたことでしょう。このCDは、赤ちゃんがお腹の中に居た時の心臓の鼓動で安心するなどの理論や、赤ちゃんをお持ちのお父様やお母様の経験から、どのような音楽が眠りやすいのかを議論し、それを作曲家の西村真吾氏に伝えた上で、音楽を作成、更に修正を加えて作ったものです。

オルゴールのような、高音を主体にしたものと、胎内の様子を模した低音を主体にした曲の両方が入っています。赤ちゃんの様子を見ながら、赤ちゃんにあった曲を選んでいただけると思います。

是非、お試しください。

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タワーレコードにも有ります(リンク)!


収録内容

1あなたのオルゴールメリー
2ママとおひるね
3ちいさなおてて
4ずーっといっしょ
5どんなユメをみているの?
6だっこでおねんね
7しあわせみぃつけた
8かわいいねがお

2014年10月27日月曜日

新しい睡眠薬 (3) スボレキサントを実際に服用してみました

スボレキサントの作用機序については、既に述べましたが、MSD社から発売されてサンプルが手にはいりましたので、実際に自分で服用してみました。一度服用しただけですので、一般化できませんし、人によって主観的な経験は異なりますので、まだ使用経験をまして行かないといけないと思います。その上での感想です。


まず、ベンゾジアゼピンとはかなり異なった印象です。眠気が出てくるという点では、あまり強くありませんでした。しかし、睡眠の質は向上しているように思いました。勿論脳波はとっていませんが、睡眠の持続が良いような印象も受けました。

スボレキサントの半減期は短い(約12.2時間)ですが、受容体占有の半減期などが調べられています。また、内因性のオレキシンと競合的に受容体を専有するので、朝起きて、オレキシンが分泌されると、働きが弱くなるということでした。確かに寝起きも悪くはないと思います。いつもよりも、朝起きた時に少し眠くて気持ちが良いなという感じはあったように思いますが、眠くておきられないというようなものではありませんでした。服用したのが10時半ころで、起床したのが6時半ころです。

実際に、不眠症の患者さんに使う場合に、オレキシンの効果をブロックし、メラトニンを高めるという意味で、ラメルテオンと併用してはどうか、あるいは、ベンゾジアゼピンと併用はどうかということが、考えられます。

まだ、使用が可能になったばかりの薬剤なので、慎重に考える必要はありますが、作用機序がユニークな薬剤なので、併用も含めて、使用経験を更に積み重ねたいと思っています。

2014年10月24日金曜日

新しい睡眠薬 (2) スボレキサント

オレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントがいよいよ発売されます。私はまだ使用経験がありませんが、この睡眠薬はこれまでのベンゾジアゼピン系睡眠薬と比較して、全く新しい作用機序であるところが注目されます。簡単にいえば、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、脳の神経の働きを全体に低下させます。全体というと語弊がありますが、ベンゾジアゼピンGABA-Clチャンネル受容体複合という、GABAが作用して神経の活動性が下がるスイッチは、かなり広い範囲の脳神経についています。ベンゾジアゼピンはその機能を高めて、神経の働きを低下させやすくするわけです。したがって、神経の働きの低下により、眠気や鎮静作用が起きてきます。

スボレキサントは作用機序は根本的に異なっています。オレキシンという、覚醒に作用する神経伝達物質が作用する受容体(作用点)をブロックして、一定時間オレキシンが働きにくくする。それによって、眠気が出るという作用機序です。このオレキシンは、日中に分泌が多いですが、夜間も分泌されているため、これをブロックすることでより安らかな睡眠が得られるというのが説明です。

発売開始するMSD社の説明によれば、このスボレキサントは、血中濃度は比較的すみやかに低下するのですが、オレキシン受容体のブロック作用は朝まで続き、朝起きる頃にちょうどその作用が切れるということで、睡眠の導入だけでなく、睡眠の維持にも効果があるということでした。

実際の使用経験がまだ無いので、またこれについて使用経験が出てきたところで報告したいと思います。来月くらいから次第に使われるようになるのではないかと思います。

ただ、不眠症に関しては、新しい薬に過剰に期待するのはあまり良い考えではないと思います。睡眠は24時間全体の中で考えるべきで、日中の活動性の上昇(運動)や、睡眠覚醒のリズム、食事などにも気をつけて、より健康的な生活を営むということが最も重要な事と考えられるでしょう。そのことは忘れないようにしたいものです。

2014年10月22日水曜日

私が監修したヒーリング・ミュージック (4) 快適な運動

ヒーリングミュージックのいくつかのタイトルを取り上げて、個別に解説してみたいと思います。

「快適な運動」というこのタイトルは、運動をするときに流す音楽として作りました。勿論、普段かけて調子よく仕事をして頂いても結構ですが、本来的な目的は運動をするときにし易いことが目的です。収録した曲は、表に示したとおりですが、ここで見ていただきたいのは「テンポ」を併記してあるところです。テンポは 回/分で示してあって、一分あたり何拍かを示していますが、90から100位だと、ウォーミングアップやクールダウンで用いるくらいのテンポです。したがって、テンポを見ながら、自分の運動に合わせた曲を選択するとよいでしょう。

自宅で、サイクルエルゴメーターをこぐときも、ウォーキングをするときも、ジョギングをする時も、自分のテンポにあわせた曲を選べます。ただ、イアフォンを使うときは、交通事故にはくれぐれも気をつけてください!実はわたしは、ジョギングをしていて自転車と衝突して、重症ではありませんが相当痛い思いをしたことが有ります。

外で運動するときには、交通には気をつけて、是非このCDを利用し、健康な心と体を作ってください。

01. はじまりの場所へ(テンポ:100)
02. 露草のにおい(テンポ:120)
03. さわやかな海風とともに(テンポ:130)
04. ハートのみちしるべ(テンポ:140)
05. 光の小道(テンポ:150)
06. あすへのときめき(テンポ:160)
07. 草原を駆け抜ける(テンポ:170)
08. 夕暮れの静けさ(テンポ:90)


2014年10月20日月曜日

イスラム世界の精神医学

ここのところ、動きが非常に盛んになっている「イスラム国」に不安を感じます。このイスラム国の活動は、その残虐性に驚きますが、イスラム国設立に共感する人たちが多くの国から参加していることも報道されていています。

先日、日本からも北海道大学の休学中の学生が、イスラム国に渡ろうとして逮捕されました。このような事態についても、憂慮しています。一方で、イスラム世界と欧米との関係は大変複雑で、イスラム国を狙った、米国によるシリア領土内の空爆もその是非が問われている面もあります。

更に、この地域は、産油地域ということも有り、世界が看過できないということもこの紛争に別の意味付けをしている面もあります。我が国の立場は欧米寄りですが、私は日本は現状以上にこの地域の問題に踏み込むのは避けたほうが良いように思っています。問題は複雑で、日本はむしろ中立を保つことで、この地域に貢献できる面もあるのではないかと思います。

このようなことをも背景に、最近はイスラム圏から日本に来る人も増えています。このようなことから、イスラム世界での精神医学はどんなものなのだろうと思いました。文献を調べてみましたところ、以下の様なものが有りました。

Psychiatry and Islam.
Pridmore S1, Pasha MI.
Australas Psychiatry. 2004 Dec;12(4):380-5.

この文献には、イスラムの社会のあり方についての解説があります。一神教である、ユダヤ教やキリスト教とは、違いというよりも類似点が多いと書いてあります。イスラム教においては、唯一の神であるアラーを信じるという共通の観念の中で、社会が成り立っていて、そういう意味で個人よりも社会全体の福祉が重んじられるということです。そういった中で、精神医学は西欧の基準から言えば、限られたものだとも言っています(Psychiatric services in Islam, according to Western  standards,  are  somewhat  limited. )

しかしながら、医学という側面からは、例えば漢方医学ほどの大きな違いは無いのではないかとも思います。一般的に言ってパキスタンなどの精神医学者の多くは、アメリカに留学していたりもするので西欧と大きな違いは無いのではないかと思います。一方、社会精神医学という視点から見ると、アラーのもとでの社会全体の福祉を優先するということもあり、このような点で違いが見られるかもしれません。

私自身も、時々外国の方々の診療をしています。中国や韓国の方々が一番多いですが、英語を話す白人の方の診療もします。私自身は、外国語は英語しか話せませんので、それ以外の言葉だけの方はほぼお手上げです。この中には、英語を話すイスラム圏の方も居ます。

このような人たちの診療では時に興味深いなと思うことも有ります。それは例えば「食欲はどうですか」という質問に対して、「あまりないが、現在ラマダンなのでむしろ楽だ」という答えが帰ってきたりする時です。また、昨日、帝京大学溝の口病院精神科教授の張先生の話を聞いて、イスラム教徒には自殺者が非常に少ないことも知りました。しかし、このようなときも、診療というレベルでは、結局のところ、患者さんの主観的世界をなるべく中立的に感じていくという、精神医学一般における重要な実践を行っていくということに尽き、特に他の人の診療と変わるということもありません。

このようなイスラム圏の患者さんに対する私の経験は、まだ全く浅薄なものなのですが、イスラム世界のことを知れば、もう少し深い話ができるのかもしれません。私の経験は、まだまだですが、先の論文の最後の部分の下記の文章は、精神医学の持っている中立性を示している気もして、興味深く思いました。

Like  Islam,  the  profession  of  psychiatry  cuts  across ethnic  and  national  boundaries.  The  profession  can make a contribution to world peace through thoughtful respect, inclusion and cooperation.

2014年10月17日金曜日

私が監修したヒーリング・ミュージック (3) 全10タイトルの完成

私が監修したヒーリングミュージックCDの全10タイトルが完成いたしました。

これは、作曲家の西村慎吾さんと組んで、制作した力作の10タイトルです。西村さんのホームページを見ていただくと、このページの中に10タイトルが含まれています。この10タイトルは、かなり綿密なやりとりを、作曲家としています。曲の全体のイメージを伝えたり、時にはコード進行のモデルを伝えたり、電子音のニュアンスを伝えたりしました。出来上がったもののテンポや、ビートについても議論し、何度も作りなおしています。

名前だけで監修したものでないので、是非多くの方々に聞いてほしいと思います。

10タイトルは以下のとおりです。

○ 癒しのSPA
○ ストレスの解消
○ 癒しの自然音楽
○ 赤ちゃんおやすみ
○ 贅沢なリラックス
○ 快適な運動
○ 穏やかなマタニティー
○ ポジティブな気持ちに
○ 快適な睡眠
○ 集中力を高める

最近は、私の診療をしている あべクリニック の待合室でも流してくれていて、これはなかなか好評です。





Amazonなどでも購入できますので、是非興味のある方はご購入ください。

2014年10月15日水曜日

国際睡眠障害分類 第2版から第3版への変化 (1) 不眠症の分類の大きな変化

不眠症についての原稿を依頼されて、その準備をしています。不眠症の患者さんは私自身も非常に沢山診療していますが、それぞれ個性があります。そう言い始めれば、どの患者さんにもそれぞれそのバックグラウンドがあって、患者さんのそういった背景を考えながら診療しなければ、良い診療はできません。

そのような中で、比較的純粋な不眠症を「精神生理性不眠症」と呼んで、治療してきました。治療法としては、非薬物治療として、運動療法や、認知行動療法をします。また、薬物療法として、睡眠薬を投与します。

しかし、この診断についても、患者さんの背景には、本人の性格傾向やストレスの影響などがあり、実は純粋な「精神生理性不眠症」というのは、なかなか難しいなと感じることも多くありました。

今年発刊された、国際睡眠障害分類の第3版の不眠症の項目は、そういった意味で非常に大きな変化が有りました。これまで、細かい不眠症のサブタイプがあげられていたものを、慢性に不眠になる慢性不眠症と一括したのです。図に、第2版から第3版への違いを掲げましたが、このように大きな変化をした理由について、この本の中では、臨床的にもこのようなサブタイプの純粋な患者さんは稀だから、と書かれていました。

不眠症の分類の変化


この考え方は、私自身の診療の感覚とも非常に一致していて、共感しました。患者さんには、それぞれその背景となる特徴があり、それらを総合的に治療していくことがもっとも重要だと考えているからです。

今回の改定は、不眠症に関しては良い方向に向ったように思います。ただし、一方で、細かい要因を学べなくなるということはあまり好ましくなく、これについても専門医はしっかりと知識をつけていく必要が有ることも忘れてはいけないでしょう。

2014年10月13日月曜日

睡眠は、年をとると本当に短くなりますか?

最近、Sleep and Biological Rhythms(睡眠と生体リズム)という学術誌に、私が投稿した、Letter to the Editorという短い文章が掲載されました。原文は英語ですので、これを解説する文章を書きましたので、それをブログにも掲載しようと思います。最近の様々な、講演会で、年をとると睡眠時間は短くなるということが言われていて、本当にそうかどうかの疑問を投げかけたものです。高齢者は、不眠を訴えることも多く、そんなに眠らなくても大丈夫ですよ、と言うことは悪く無いと思うのですが、エビデンスはしっかり捉えて、例えば昼寝などを含めて、高齢者により適した睡眠を事実の中で捉えていくことの大切さを訴えたかった面もあります。



厚生労働省は11年ぶりに睡眠の指針を見直し、健康づくりのための睡眠指針2014として、睡眠12箇条を発表した。これは、国民が良い睡眠を取るために重要な心得が盛り込まれており、多く国民の健康増進に貢献する良い内容であるとおもわれる。
その中で、高齢者に睡眠に関連した記述に、一部誤りと思われる項目があるので、その点について、日本睡眠学会およびアジア睡眠学会の英文学術誌である “Sleep and Biological Rhythms” に、これを指摘するレター論文を投稿した。これは、審査の末掲載されたので、この点を広く知っていただくため、解説の文書を作ったものがこの文章である。

指摘は、厚生労働省の睡眠12箇条の中で、

9-②年齢にあった睡眠時間を大きく超えない習慣を
脳波を用いて客観的に調べると、夜間に実際に眠ることのできる時間(正味の睡眠時間)
は加齢とともに短くなるのに対して 3Ohayon et al. 2004)、実生活では年齢が高くなるほど寝床に就いている時間は延長している 4NHK2010 国民の生活時間調査)。これは、高齢者の多くは仕事や学業などの日中の制約から解放され、十分な時間を睡眠に充てることが可能であることが原因と考えられる。ただし、必要以上に長い時間、寝床に就いていると、中途覚醒が出現し、熟眠感が損なわれ、不眠を呈しやすくなることが指摘されている 1Wehr et al. 1999 ことから、注意が必要である。

とする箇所があり、寝床に就いている時間は長いが、実際に寝ている時間は短いとしている部分についてである。これは、スタンフォード大学のOhayonらの研究とNHKの調査を引用している。Ohayonらは、睡眠効率=寝床に就いている時間のうち実際に眠っている時間の%を算出して、これが高齢になると低くなる、つまり睡眠効率が低下するというデータを多くの夜間睡眠の研究を集めた解析から算出している。このデータによれば、夜間実際にとれている睡眠の時間は短くなっている。
一方で、NHKの調査は、夜間睡眠だけでなく24時間の中での睡眠時間について調査である。この指針にも書かれているように、高齢者は昼寝や夜間の睡眠など一日何度も眠ることが多くなり、NHKの調査では、昼寝も含めた睡眠時間を調べていることになる。このように、調査によって夜間睡眠を調べるものもあれば、日中の睡眠時間を含めているものもあり、データを見る場合には注意が必要である。この点は、この指針の中の他の部分でも説明されている。
しかし、ここに引用した9-②では、これを区別せずにまとめて議論している。つまり、寝床に居る時間は24時間の中で昼寝を含めて測定し、実際の睡眠時間は夜間の睡眠時間を見ているということである。これは明らかな誤りであるが、新聞報道ではそのような図が用いられている。朝日新聞と日本経済新聞の電子版に掲載された図が下記のものである。




上記は、朝日新聞電子版に掲載されたもの。



上記は、日本経済新聞電子版に掲載されたもの。


そこで、NHKのデータを24時間内の寝床に就いている時間として用い、その中での睡眠効率をOhayonらのデータをもとに算出して、24時間の中での昼寝を含めた実質的な睡眠時間を推定的に算出してみた。その結果がこの文章に掲載された以下のものである。

内田作成のグラフ(論文に掲載されたもの)


点模様の棒グラフは、NHKの生活時間調査に基づいた各年代の平均睡眠時間を、グレーの棒グラフは、これにOhayonらのデータによる睡眠効率をかけあわせて得た、実質睡眠時間の予想値を示している。これを見ると、高齢者では、睡眠効率は著しく下がって入るが、睡眠時間は長くなっている。
このようなことから、新聞報道などで用いられた図は明らかに誤りであり、訂正されるべきものであると考えられる。今回の試みからは、特に統制されない生活環境課では、日本人高齢者の睡眠時間は4050代の睡眠時間よりも長くなっている可能性が推測される。しかしながら、これは、実際に調査測定したものではない。日本人高齢者の寝床についている時間と実質の睡眠時間を統一的に調査した研究はまだなく、これを調査することは、高齢者の睡眠の実態を明らかにする上では重要な事であろうと思われる。この点は、大切であると、このレター論文の査読者からも評価を受けた。



2014年10月10日金曜日

抗NMDA受容体脳炎

インドで行われた、アジア睡眠学会でご一緒させていただいた、秋田大学の神林崇先生が抗NMDA受容体脳炎について研究をされているという話を、伺いました。この疾患については、私はあまり詳しくなかったのですが、神林先生が資料を送って下さり、少し勉強しました。

NMDAは、神経伝達物質で、神経細胞の様々な情報伝達に関与するものです。NMDAの刺激を受けて、情報を次の細胞に伝達する役目をもっているのが、NMDA受容体です。

この疾患は、大きなくくりでは自己免疫疾患に入ると思います。症例の中のある割合の人には、奇形腫という腫瘍が有り、この腫瘍を排除するための抗体が体内にできます。この抗体が、正常に機能している脳のNMDA受容体も攻撃するために、脳炎となって正常な脳機能が障害されるというものです。

この疾患は、精神症状を呈するために、精神科で取り扱うことが多い疾患です。神林先生から頂いた文献(Jpn J Gen Hosp Psychiatry Vol 24 No1 p40)によれば、

「典型的な経過として、頭痛、発熱、易疲労感など非特異的な感冒様症状が当初認められることが多い。その後、奇異行動、見当識障害、困惑、妄想、幻視や幻聴、記銘力低下などの症状を呈する。この、急激に発症する非定型病像のため、当初は精神疾患と判断されて入院に至ることが多い。その後、病期が進行し、けいれん、自律神経症状、ジスキネジア、意識レベルの低下などが認められるようになる。」

ということです。脳炎ですので早期に診断して治療する必要がある疾患です。時に、統合失調症の急性発症と誤られることもあるかもしれません。

一方で、経過の中で軽快したり再燃したりする場合もあるようで、Wikipediaなどをみると、昔は悪魔憑きと考えられていたなどとも書いてあります。

治療としては、もし奇形腫などあればこの切除。また、免疫学的治療としてはステロイドのパルス療法などを用いるようですが、私自身は経験がありませんでした。

このような疾患は、精神科の外来に来る患者さんの中に、居る可能性があるので、少しでも定型的な統合失調症と異なる経過や、脳炎を疑われるような症状があった場合には、診断の選択肢として頭においておくべきものでしょう。


2014年10月8日水曜日

医師への賄賂によってGSKが中国で罰金、幹部は実刑

インドに向かう飛行機の中で、シンガポールの新聞「The Straits Times」を読んでいたところ、中国での製薬企業と医師との癒着について、興味深い記事が載っていました。その後、トランジットのシンガポールで、朝日新聞のテキストをダウンロードしたところ、こちらは非常に短い報道でしたが掲載が有りました。

グラクソ・スミスクライン社は、中国での医師への賄賂によって530億円という破格の罰金を課せられました。また、幹部は実刑判決を受けたようです。ただし、現地法人トップの英国人はすでに帰国して、実質的には実刑はくだらないようです。現地での、「賄賂」の実態については詳しくは分かりませんが、GSKがマーケットの拡大のために多額のお金を使っていたことは間違いなさそうです。中国は、人口から考えてもマーケットとしては巨大で、日本の比ではありません。そこでの販路拡大に相当のお金を使ったということでしょう。一方で、この罰金の額も破格のようです。

しかしながら、The Straits Timesの記事によれば、この罰金の額はマーケットからの恩恵に比べれば、許容範囲だそうです。現地での最高責任者の英国人はすでに帰国しており、任務は果たしたということになるのでしょうか。以前に取り上げた、Crazy like USという本が、日本にGSKがパキシルを売り込んだ時の実例を取り上げていましたが、中国でも同様のことがあったということでしょう。

一方で、以前にも書いたようにGSKは今後一切医師への利益供与をやめるということを決めています。したがって、この事件はGSKの過去の遺物といえるのかもしれません。一方で、講演会や研究会活動などへの製薬会社の資金提供は現在の日本でもあります。こういったことで、最終的には患者さんが不利益を被らないようにするということが最も重要な事です。考え方には様々な立場やレベルがあると思いますが、このことは多くの医師が共通して持っていることだと思います。患者さんへの利益を軸に自分自身の行動規範を考えたいと思っています。

2014年10月6日月曜日

スポーツとスポーツ科学の国際化 (5) オーストラリアから見た国際化

アジア睡眠学会の教育セッションの中で、オーストラリアの研究者の発表を聞きました。オーストラリアの国際共同研究の現状と展望というような話でした。その中で、このような図を示して、この10年でいかにオーストラリアとアジアの研究が発展したかということを話していました。

McKeon Review 2013から引用の図。オーストラリアとアジアの科学研究のつながり。

これを見ると、研究数が増えているというだけでなく、中国とのつながりが非常に増えているように思えます。さらに、インドや東南アジアの国々とのつながりも多くなっているようです。

日本とのつながりも増えているようには見えますが、もともと多かったということも有り、増加の割合は他の国よりも少ないように見えます。

オーストラリアの強みは、何と言っても英語国ということです。私は、韓国の高校からシドニー大学に留学し、そこでスポーツ科学を勉強してシドニー大学の大学院を卒業して博士になった研究者と学会では話をしました。女性ですが、彼女が、運動と睡眠についての研究をしていたので大変興味をもって話を伺い、その中で彼女の経歴なども聞くうちに、さらに韓国からの留学という視点での話が聞けたわけです。

韓国の高校生だったころのことを含めて、日本とオーストラリアとどちらの大学により魅力を感じるのかということを、忌憚ない意見として聞きたいと話をしたところ、オーストラリアで英語で生活するということで、更に世界が広がるということを話していました。また、日本に行くために講義を聞けるだけの日本語能力を持っている高校生は必ずしも多くはないとも話していました。英語の講義が増えたらどうかと聞くと、そうであれば可能性は更に広がるということでした。

オーストラリアやシンガポールなどと同様に早稲田大学が、アジアの一つのハブの大学になり、その中でもスポーツ科学分野のハブになるということは、これから十分に考えいろいろなことを変えていかなければならないとも思いました。

2014年10月3日金曜日

軽症うつ病 と 薬物療法

先日日本イーライリリーの会で、大坪天平先生の「軽症うつ病に関して」というお話を伺いました。大坪先生は、多くの講演をされている先生ですが、私はこれまではWeb講演会でお話を伺ったりするくらいで、あまり直接にお話を伺う機会は少なかったように思います。今回は、「軽症うつ病に関して」という非常に自由度の高い演題でのお話で、どんな話が聞けるのかと楽しみでしたが、期待以上に共感できる話でした。

現在、うつ病の薬物療法に関しては、これまでにもこのブログでも書いてきているように、製薬会社のキャンペーンによって必要以上に抗うつ薬が用いられており、適正に使用すべきだという意見があります。さらには、製薬会社の利益供与が薬物の使用を歪めているという指摘もあります。

このようなことから、一部の文献を引用して軽症うつ病には抗うつ薬は効かないということを主張する研究者もいます。このような主張には、私は疑問を持っていました。それは、うつ病は均一な疾患ではなく、様々なタイプが混在する疾患だからです。しかし、問題はまだ研究によってその不均一性がどのような形のものがあるのかは明確になっていません。ただ現実には、ある薬物はあるタイプのうつ病には効果があるけれども、他のタイプのうつ病には効果が無いということはあると思います。抗うつ薬の効果をみる場合、うつ病のタイプを選んで、抗うつ薬の治験を行うということは通常は行わないので、そうすると効果を特定できないということも有ります。

今回の大坪先生の講演は、軽症うつ病に対して薬物が有効でないという研究は、いくつかの点で不完全な研究だという指摘をしました。それらのポイントについては、大坪先生がお書きになるものや講演を見ていただくのが一番なのですが、私が印象に残ったものは、

1.うつ病が軽症であるとしても、生物学的に病的レベルが高くないものもあれば、患者さん自身の適応性が良いために生物学的に病的レベルが高くても軽症に見えるものもあるということ。
  これは、まさにそのとおりだと思いました。特に、うつ病(だけでなく他の精神疾患もそうだと思いますが)生物的=精神的=社会的(Bio-psycho-social)な要因によって疾患が成り立っていることを考えると、やはりしっかりと症状を吟味して治療を考えることが重要であろうということはそのとおりだと思いました。

2.初期値が軽症であると、薬物効果に有意差が出にくいということ。
  これも、そうであろうと思いました。これは純粋に方法論的な指摘です。

3.薬物の効果の評価に、うつ病評価尺度の合計をつかうのはあまりよい方法でないということ。
  これについて、そうかもしれないなと思いました。

特に、1については、非常に強く共感するところで、結局のところは、軽症のうつ病に対してもしっかりと病態を見ていかなければ、いけないということです。このような視点は、しかし、薬物の過剰な使用に警鐘を鳴らす人たちも、同様に指摘している点であり、結局のところ、2つの立場は主張の方向は違っても最終的な到達点は同じと言えなくも無いようにも思います。

このような問題については、主張の方向が明確な方が、議論、特にディベートなどは面白いのですが、結局のところこのような主張を強くする先生方は、しっかりと臨床を見つめているという面もあって、到達点は同じになるということかもしれません。臨床家として最も大事なことは、自分で考え、コマーシャリズムに流されないということではないでしょうか。

2014年10月1日水曜日

アジア睡眠学会 インド ケララ州 (2) ヨガと睡眠

アジア睡眠学会は終わり、帰国しましたが、印象に残るセッションは「ヨガと睡眠」に関するいくつかの発表でした。これは、インドで行われた睡眠学会ならではの研究であると思います。

私が初めて、ヨガと睡眠についての発表を聞いたのは、今から数年前のインドの研究会ででした。その時の発表は、インドのヨガ行者と同じ年令性別の一般のインド人の睡眠を比べたところ、ヨガ行者の睡眠は驚くほど深いノンレム睡眠(徐波睡眠)とレム睡眠が多いという発表です。インドのバンガロールの研究所のBindu Kutty先生のグループの発表でした。特にレム睡眠が、特に全睡眠の40%も見られるということは、ほんとうに驚きでした。通常、レム睡眠は成人では20%くらいにみられますが、40%もレム睡眠があるという睡眠記録は見たことがなかったからです。

私は、最初は正直なところ、データの見方が間違えているのではないかと思いました。それで、その後、いつかその生データを見たいと思っていたのです。それは、一昨年達成出来ました。バンガロールの研究所に招待されて、データ解析を共同でやる申し出を受けたからです。私は喜んでインドに行き、実際のヨガ行者のデータを見せてもらいました。そうしたところ、確かに40%がレム睡眠以外には判定できない波形でした。

このような変化は、睡眠の若返りと言っても良い変化です。運動によっても、睡眠の若返りはおきますが、ヨガによる睡眠の若返りは、ヨガの経験が進めば非常に大きな変化となります。

我々は、インドのヨガの経験者といいうと、森のなかで何日も座って、太陽を見つめているようなことを想像しますが、ここで取り上げられているヨガの経験者はそのような、浮世離れした行者ではありません。通常の仕事につきながらも、日頃一日一時間程度の瞑想を毎日行うタイプの人達です。いわば、ジョギングを毎日欠かさないひとや、詩吟の趣味があれば毎日欠かさないというような、日常生活の中に溶け込んだ健康法としてのヨガを実践している人たちです。

これは、非常に私にとってはショックなことでした。このような著しい睡眠の質の改善が見られるのであれば、当然うつ病やその他の精神疾患への好ましい影響もあるように思います。そういった意味で、エビデンスに基づいた精神科プログラムとして、認知行動療法などに加えられるプログラムではないかと真剣に考えてもいます。