2014年6月8日日曜日

映画: 大統領の執事の涙

アメリカ出張などで、ちょっとした楽しみの一つは映画を見ることです。行きのUnited Airlinesは、自由なセレクションでもありませんでしたし、東向き飛行の時はなるべく眠るようにしているので、映画は見ませんでした。帰りはシカゴから12時間の飛行で、なるべく起きているようにしたかったので、映画を見たり仕事をしたり、読書をしたりしました。読書は、夏名漱石の「こころ」を読んでいましたが、そのうちこれは書いてみようと思います。

帰りには3本見ましたが、その中で「大統領の執事の涙」というのが一番楽しめました。ちなみにあと2本は、ロボコップの新板と3デイズ・トゥ・キルです。映画の概要は、上のリンクから見ていただければよいですが、この映画は2つの側面からみたアメリカ黒人公民権運動についての映画だと思います。ひとつは、奴隷解放から一般市民の中で黒人が生活する中で、その地位を地道に確立していく過程を父親である大統領の執事の主人公が、そして、その父親の姿に反発するように、息子はブラックパンサー党などの、より過激な黒人公民権運動に参加し、そして映画の最後では親子の和解と絆の深まりが描かれています。

モデルとなった執事が居るようですが、彼はアイゼンハワーからレーガンまで7人の大統領に使えてきたようです。最後は、バラク・オバマが大統領となり、黒人が大統領となるアメリカの大きな良心の証を見て、そしてそれに向かって戦ってきた黒人たちの努力が実って感動する場面があります。

主役の、フォレスト・ウィティカーは、アルトサックスの名手、ジャズのチャーリー・パーカーを描いた映画「バード」の主役としてよく知っていましたが、ここでは全く違う役柄で登場していますが、素晴らしい演技を見せています。

アメリカの公民権運動は、1960年代から盛んになったことは言うまでもありませんが、たかだか50年の間に、本当に世界は大きく動いていたんだと思います。50年前は、黒人はまだ実質的には奴隷でした。この時代は、日本人を含むアジア人もアメリカでは同じように扱われていたとも言えます。実際、現代でもその残異物のような人が居て、時に失礼な言葉に出会うこともありますから。このように世界が動くということはこの先の50年でも動くということでしょう。

アメリカは、雑多な人種がいる国ですが、まだまだ階級社会だと思います。日本はどうなるでしょうか。日本は、比較的平等な日本人の国で今後もあり続けるでしょうか。アメリカや日本、ヨーロッパに居るとよくわかりませんが、現在は差別は国内でなく地球規模でおこっていて、これは、健康科学で取り上げられる肥満と国際社会問題となる飢餓というような形でもあらわれています。

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