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2015年1月16日金曜日

ファーストネームの呼び方 (アメリカ、アジア)

私は、若いころ2年間カリフォルニアで過ごしました。。その時は、お互いにファーストネームで呼ぶのに、しばらく慣れませんでした。指導を受けた教授は、Irwin Feinbergという人で、今も86歳で健在ですが、Dr. Feinbergと呼ぶと、「Irwinと呼べ。」と、毎回注意されました。そのうちに、周りの同僚もそう呼んでいるので、だんだん慣れてきましたが、ある時、アメリカ人の同僚に、ファーストネームで年上の人を呼ぶのは、どうかということを聞いてみたことが有ります。すると、やはりその同僚(といっても、私よりも若く、その頃25歳位の研究助手)も、教授をファーストネームで呼ぶのは、ちょっと気が引けると言っていました。それから、カリフォルニアは特別フランクなんだという話もしていました。東海岸のアイビー・リーグの大学などは、もっと格式張っているというようなことです。



しかし、このような習慣に慣れてしまうと、ちょっと知り合いになった人ともファーストネームで呼び合い、かなり親しくなった気分になれるという面はあります。

アジアでは、どうでしょうか。私はインドに既に9回行くほどのインド好きですが、インドに行き始めた頃、Dr. Sunaoと呼ばれることが有ることに気づきました。もしかすると、Sunao Uchidaという欧米式の、ファーストネーム・ファミリーネームという呼び方を間違えて、Sunaoが苗字だと勘違いしているのかと思い、聞いてみるとよくわかって居るといいます。つまり、インドでは、ファーストネームで呼び合うことが多く、更にそこにDr.をつけて呼んだりするのが普通の事のようです。これは、カリフォルニアでファーストネームで呼び合うのとは、またニュアンスの違う響きなのかもしれません。

昨年末にタイに行った時に、また名前をどのように呼ぶのかについて新しい経験をしました。タイでも、ファーストネームで呼び合うことが多いようです。そして、それにDr.をつけて、Dr. Sunaoとか、Prof. Sunaoとかそんなふうに呼ぶようです。多分、タイとインドは似た習慣があるのだと思います。

ところで、台湾に行った時に思ったのですが、台湾や香港、更にはシンガポールなどは、英語のファーストネームを持った人が多いのに驚きます。私が連絡をとっていた台湾師範大学の方は、自分をJasonと呼んでいました。その名前はいつつけるんですか、と聞いた所、若い頃に気に入った名前とか、学校の英語の授業で使った名前とかを使うと言っていました。そのまま、自分の中国語の名前を使っても良いようにも思いましたが、どうして中国系の国ではこういう習慣になっているのか、不思議に思いました。


2014年6月7日土曜日

日米の精神科開業の違い (2)

そこで、いろいろと疑問が沸いてきたので質問してみました。例えば、「ローゼンリクトクリニック」というような看板はつけないのかとかです。あるいは、インターネットに宣伝は載せないのかとか、あるいは、そもそも患者さんはどうやって、この医院を見つけてやってくるのかなどです。これらに対する答えは大変興味深いものでした。(つづく)

まず、看板はつけないと言うことでした。どうして?「ローゼンリクトクリニック:メンタルヘルス、不眠」とか書けばいいのにと思ったのですが、来たひとが分かるように小さなサインを付けるだけだと言っていました。じゃあ、どうやって患者さんが来るのかと聞くと、殆どすべて紹介だと言っていました。WORD OF MOUTH(口コミ)と言っていました。

では、そんなに患者さんがこなくても良いのかとも思って、一人何分くらい診るのかと聞くと、25分か50分だということです。そうすると、1日に診察する患者さんの数は、多くても10人位になります。処方箋は勿論院外です。また、注射や採血その他の処置はしないようでした。は患者さんは自費で払い、後で患者さんの方で保険からの払い戻しはできるのではないかといっていました。アメリカは、日本のような国の保険制度はなく、全部個人の保険ですので自分が入っている保険によって支払いの違いがあるわけです。

このアメリカの医療保険制度はアメリカの非常に悪い点です。このような制度なので、アメリカでは、収入が少ないと良い医療を受けることができません。この様子は、マイケル・ムーアの映画、シッコに紹介されています。




今回ローゼンリクト先生に伺った診療は、1人の患者さんに多くの時間がとれるので、とても良い医療が提供できるという点では良いのですが、お金がなければこのような医療は受けられないと言うことです。日本の医療制度は良いのだとつくづく思いました。

2014年6月5日木曜日

日米の精神科開業の違い (1)

精神科の医療が、全体を見れば日米で大きく違うとも思えません。私は、1990年にカリフォルニアに留学している時から、機会があるごとにアメリカの精神科の医療を見せてもらってきました。私が最初働いていた、Martinezの退役軍人病院の病棟も(職場だったので)見せてもらいましたが、入院は大学病院やその他の総合病院精神科とそんなに変わらない気がしました。勿論、アメリカなのでスペースは広かったです。外来に関しては、総合病院での精神科診療でも、それぞれの医者が自分の個室の仕事部屋に患者さんを招き入れて診療をしているところが、日本と違いました。日本では、多くの総合病院は医者は医局と呼ばれるタコ部屋で机をあてがわれ、その上で文献を読んだり書物をしたりします。そして診察は、診察室が外来にあって、そこは交代で精神科であれば精神科医が使うことになります。

ワインで有名なナパ・バレーにある、ナパ州立精神病院も見学させてもらったことがあります。ここも、日本との違いといえば、広大な敷地にあって、敷地内に教会があったりするところが違うとは思いましたが、基本的な機能がそれほど違うとも思いませんでした。更には、地域のハーフウェイハウスや、ディサービスセンターなども見たことがありますが、その時は比較的低所得者層が使っているのだと思ったくらいでした。

しかし、Rosenlicht先生の言う、「プライベート・プラクティス(開業)」は、日本とは全然違いました。彼からは、最近までは自宅から比較的近いバークレイの街なかにオフィスを構えて週に一度そこで診療をしているという話を聞いていました。それで、私は日本の医療モールのようなものかなと思っていたわけです。しかし、街を走っていても、医療モールのようなものは見たことは、ありませんでした。それでも、あまり不思議とは思わずに居ました。

ところがカリフォルニア滞在中に、今まで使っていたオフィスだよと連れて行ってもらったところは、下の写真のようなところだったのです。




両方にFeinberg先生が写っていますが、概観は普通の家となんら変わりがありませんでした。この中には、玄関近くに待合室があり、奥に数個の部屋があって、その一つが下の写真です。小さな暖炉がある普通の居室です。また、処置室などもありませんでした。それぞれの部屋も、この建物では数人の心理士や作業療法士がそれぞれここで開業をしているということでした。施設によっては、ほとんど全員が医者の施設もあるということでした。

Rosenlicht先生は、ここをずっと借りていて、週に1度だけ診療をしていたわけです。今週からは、自宅の半地下部分(あるいは、1階部分と言っても良いかもしれませんが)を改造して、やはり週1度の開業の場をそこに移すことにしたわけです。自宅と開業の場を同じにする精神科医は少ないとは思いますが、日本にも居ないわけではありません。アメリカは比較的多いということでした。この部屋も見せて貰いましたが、やはり同じような部屋でした。

そこで、いろいろと疑問が沸いてきたので質問してみました。例えば、「ローゼンリクトクリニック」というような看板はつけないのかとかです。あるいは、インターネットに宣伝は載せないのかとか、あるいは、そもそも患者さんはどうやって、この医院を見つけてやってくるのかなどです。これらに対する答えは大変興味深いものでした。(つづく)

2014年6月3日火曜日

サンフランシスコ・ベイエリア (2)

海外出張をしていると、ブログを更新するタイミングを逸してしまいます。今日は、アメリカでは6月2日月曜日。日曜の朝に日本で更新したので、月曜日に更新すれば、一応毎日ブログを書いていることになりますが、実際に日本の時間にすると一日ずれてしまっているかもしれません。いずれにしても、毎日ブログを書くことは続けていきたいので、今日は、サンフランシスコ・ベイエリアの話を書きます。

米国に来た時には、ほぼ必ずIrwin Feinberg先生に会います。彼は、私がアメリカに留学していた時の指導者で、私が尊敬する睡眠研究の大家です。今回は、アメリカ睡眠学会に参加するために出張しました。昨年までは、彼も参加していてここ数年は、ホテルの部屋をシェアしていました。彼はもう85歳で私の母親と同い年ですが、これだけ仲良くなったのは本当に幸運なことです。しかし、もうさすがに高齢なので、もう睡眠学会に行くのはやめたと言っていました。今回はそれで、彼の家に行きました。

彼は、サンフランシスコ湾の西側、イーストベイと呼ばれているエリアのケンジントンという街に住んでいます。最近まではバークレイに住んでいましたが引っ越したようです。いつもはレンタカーを借りますが、今回は、電車(BART)で行きました。



彼は、精神科医でもあるのでFeinberg先生とはいろいろな話をします。精神医学の話し、睡眠科学の話し、それから話が合うのは美味しい食事の話、その他、国際政治の話などもします。今回も、安部総理はどうだとか、オバマのことはどう思うとか、最近の中国との関係、ウクライナ情勢、それに伴う経済の動きなど、多く意見交換をしました。

彼が中でも話したがったのは、子供の睡眠紡錘波(睡眠中に出現する特徴的な脳波の波形)の話です。私は、この睡眠紡錘波の研究で医学博士をとったのですが、これについてこんなに熱心に話をしたのは久しぶりでした。85歳になっても研究に対する情熱を忘れない姿は、心を現れる思いです。自分自身も、事実に対して真摯に取り組むようにしたいとは思っていはいますが、それでも彼の姿には打たれるものがありました。

ほぼ24時間だけの短い滞在でしたが、この他に旧友のRosenlicht(ロゼーンリクト)先生と奥様も含めて、夕食を一緒にしました。Rosenlicht先生は、サンフランシスコ退役軍人病院の精神科医で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の精神科臨床教授も併任しています。彼は週に一度病院から離れて、個人開業をしています。これについても色々と日米の精神科臨床の違いがわかって面白く思いました。

この訪問に関連しては、DSM5についての2回め、そして、日米の開業医の精神科臨床の比較も今後してみたいと思っています。

2014年6月1日日曜日

サンフランシスコ・ベイエリア (1)

本日、アメリカに発ちます。今回は短期の出張ですが、サンフランシスコベイエリアに一日滞在し、このエリアの精神医学、睡眠学研究者と交流。そして、ミネソタ州ミネアポリスで開催される、米国睡眠学会に参加します。ここでは、我々の研究室の有竹清夏先生がシンポジウムでアスリートの睡眠について発表されます。私は、それの応援です。

今回の出張の中で、自分の中ではサンフランシスコ・ベイエリアは、短時間ですがやはり一番楽しみです。私が若いころ2年過ごした地域で、これまでもほぼ毎年訪問しています。第2の故郷と言っても良いかもしれません。サンフランシスコの街は主要な部分はほと土地勘がありますし、更にシリコンバレーと呼ばれる、南の地域からサンノゼ。また、イーストベイと呼ばれるバークレイなどの地域も私は大好きです。

アメリカ滞在中は、バークレイやサンフランシスコに行って、音楽、映画、演劇などを見ました。また、車でワインで有名なナパバレーや、ヒッチコックの映画「鳥」の舞台となっているボデガベイという小さな漁村など、何度も訪問しました。時間があればゆっくりと過ごしたいところがたくさんあります。

昨日のトピックDSM5の中でも書いたFeinberg教授にも会います。そこでもDSM5の話を聞いてみようと思います。

今回は、短期の滞在ですが、楽しんできたいと思います。