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2016年2月12日金曜日

Psychiatric Times 女川町

Psychiatric Timesという精神科の情報サイトのMLに参加しています。こちらのブログでも幾つかの記事を紹介していますが、日本国内の情報だけでなく、アメリカの情報も入るので、いろいろと幅広く知識を得ることができます。少し前になりますが、このPsychiatric Timesに女川町の名前があったので、読んでみました。<記事へのリンク>

DSM IVを編集した、アレン・フランセスの文章でした。以前にもアレン・フランセスについては、紹介しましたが、彼の書いた、私が何度も引用する言葉は、この記事でも生きています。

うつ病も、たとえば米国では悲しみや興味の喪失、絶望感や無力感を主訴として受診するのに対して、日本では頭痛や食欲減退、不眠などの身体症状を主訴として受診んするといった違いがあるのではないだろうか。日本では、Schizophreniaの訳語を精神分裂病から統合失調症に変えたが、こうしたことも精神疾患に対する視点の違いを反映している可能性がある。

この文章は、東日本大震災で被災した女川町に、大野裕先生が何度も訪問しているという紹介で始まります。大野先生は女川町の佐藤さんという看護師さんのサポートをしているようです。アレン・フランセス先生は、大野先生の招きで女川町を訪れたようです。そして、そこで佐藤さんの話を聞いて非常に感銘をうけたという話です。

私が、特にこの文章で印象に残ったことは2つあります。

一つは、佐藤さんは、津波が来たら人を助けるのではなく、ただひたすら自分が高いところに上がることだけを考えろと、何度も伝えるのだけれども、このような自分中心的な考え方はなかなか日本人に浸透しないということ。人を助けに戻ることは、命を無駄に捨てること以外の何ものでもないと懸命に伝えているその佐藤さんの背景には、佐藤さんご自身が、祖母を助けようと息子さんと戻ったことで、大切な息子さんの命を失ってしまったという背景があるということでした。その話の途中で、佐藤さんは泣き出したということを書いていました。

もう一つは、この災害の後にPTSDが見られるのではないかということだったが、むしろPTSD症状を呈する人たちは少く、うつ、引きこもり、無気力、罪悪感(depression, withdrawal, apathy, and guilt)が多くみられたとしています。アレン・フランセスは、ここでも文化や様々な背景によって、診断は変わってくるものであるし、DSM至上主義での精神科医療に対しての疑問を投げかけています。

患者さん自身をよく知ること。そして、その人の背景にある生育史、家族、そして生活そのものについて十分に知り、その人の内的な世界、その人の目から見ている世界がどのようなものかを知ろうとする視点が、良い精神科医療に求められているということは、ここでもまた教えられた思いがありました。




2015年2月23日月曜日

ADHDの流行は、まもなくおさまりそう Allan Francesのコメント (Neurology Times)

My Prediction: The ADHD Fad Is About to Fade
April 24, 2014     By Allen Frances, MD

時々、Psychiatric Times (Neurology Times) を読んでいますが、アメリカの精神科診療の知識が入り、また興味深い記事もたくさんあります。上記のは、アレン・フランセスのコメントで、ADHD(注意欠如多動性障害)の流行はまもなくおさまるだろうという、なんとも流行病のようなコメントで興味深く思いました。アレン・フランセスは、DSM-IVの編集者で、すでに引退していますが、精神科臨床に対しての様々な示唆に富むコメントをしています。Twitterでも多く発信し、@AllenFrancesMD 私も、フォローしています。

Allen FrancesのTwitterの画像

ADHDは、ストラテラ、コンサータという治療薬が発売され、成人にも治療的に使えるようになったために、製薬企業も精力的にキャンペーンをしています。こういった製薬企業のキャンペーンが、過剰な投与を生み出しているという指摘は、このADHDに限りません。私も、製薬企業の医師向けの講演をすることもありますが、こういうバイアスについては意識するように務めています。多分、アレン・フランセスは、もっと厳格にこれを実行しているのではないかと思います。尊敬できる人だと思います。

ADHDの診断はとても難しいと思います。ごく典型的な症例以外だと、ADHDと診断して良いかどうか迷う例は多くあります。一方で、診断のもとの投薬し、著しく生活が改善する人もいます。そういう意味では、常に頭においておくべき疾患であることは間違いありません。

いずれにしてもこのコメントには、精神科の歴史をみると、ある時期に急に診断が増え、そしてまた治まるということが繰り返されているとも指摘されています。確かにそのとおりだと思います。これには、功罪の両方があります。悪い点は、上記のように診断されすぎ、時に必要のない薬が使われることです。良い点は、その疾患に対する精神科医の理解が進むことです。

ストラテラ、コンサータの成人への使用がなされて、私の発達障害への理解は著しく進んだとも思います。かなりの文献も読みましたし、日中の眠気との関連についても、多く経験しました。これがなければ、多くの人が日中の仮眠をナルコレプシーと診断され、漫然とモディオダール(覚醒メカニズムを刺激する薬)を投与され続けていたのだと思います。

もちろん、誤診もあります。しかし多くの場合、誤診も患者さんに、ADHDの可能性もありその疾患の特徴はこのようなもので、自分でも自分に当てはまるかどうかを検討してほしいというような、相互の情報交換を多くする中で、明らかになってきます。薬物の投与開始についても、患者さんの意見を聞きながら決めていきます。治療の目的は、患者さんの生活を改善し、より幸せな人生を送れるようにすることです。そのための診断であって、診断が最終目的でもないのです。誤解を恐れずに言えば、誤診のままでも良くなる精神科の患者さんは多くいます。

アレン・フランセスの言うように、流行はおさまり、より適切な使われ方が浸透するように思います。彼は、エイブラハム・リンカーンの言葉を最後に引用しています。「ある時期すべての人をだますことはできる。また、一部の人をずっとだますこともできる。しかし、すべての人をずっとだますことはできない。」