ADHDの患者さんは、「記憶力が悪くなった。」というふうに言われます。やらなくてはいけないことを、忘れてしまう。ものをどこかに置いて、そのままどこに行ったかわからなくなってしまう。こういったことが多くおきるからです。しかし、これはアルツハイマー型認知症にみられる記銘力障害とは異なっています。アルツハイマー型認知症では、朝ごはんを食べたことを忘れてしまうなどということが、中等症くらいからは出てきます。
ADHDにみられる、このような「記憶力の低下」は、ワーキングメモリーの障害というふうに思われます。ワーキングメモリーというのは短期記憶に分類される記憶で、例えば、電話をかける時などメモをみて、数字を覚え、それでプッシュして電話をかけるという時に、作業に関わる短時間の間記憶をとどめておくものです。このような記憶は、「そうだ、隣の部屋に行って、ハサミを取ってこよう。」と隣の部屋にいった時に、目的を頭に留めておくということにも用いられます。そういうときに「あれ、この部屋に何を取りに来たんだっけなぁ。」となる場合は、このワーキングメモリーの働きが不十分だという事にもなります。
このようなワーキングメモリーの障害は、臨床の場で見ていてもADHDの患者さんには多く見られて、冒頭に書いたように「記憶力が悪くなった。」と言われます。文献1に示されているように、様々な研究で、ADHDの患者さんではワーキングメモリーが障害されていることが示されています。これは、臨床的な愁訴ともよく合う結果です。
この症状は、ADHDの治療に用いられる薬物の効果とも整合性が有り、一般にワーキングメモリーは、ドパミン系の働きが強く関与していると考えられています。またノルアドレナリンもこれを補足する役割を持っていると考えられています(文献2)。したがって、薬物療法も直接的に意味があるわけです。
また、文献3に示されているように、ワーキングメモリーのトレーングが効果があるということです。これらは、成人に対しても行うべきトレーニングであるようにも思います。
ADHDに関連しては、注意や覚醒レベルに関わる薬物療法とともに、こういった特徴的な症状に対する個々のトレーニングはやはり重要であろうと思います。
1. Martinussen, R., Hayden, J., Hogg-Johnson, S., Tannock, R.
A meta-analysis of working memory impairments in children with attention-deficit/hyperactivity disorder (Review)
Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry
Volume 44, Issue 4, April 2005, Pages 377-384
2 Dash PK, Moore AN, Kobori N, Runyan JD. Molecular activity underlying working memory. Learn Mem. 2007 Aug 9;14(8):554-63.
3. Klingberg, T. , Fernell, E., Olesen, P.J., Johnson, M., Gustafsson, P., Dahlström, K., Gillberg, C.G., Forssberg, H., Westerberg, H.
Computerized training of working memory in children with ADHD - A randomized, controlled trial (Article)
Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry
Volume 44, Issue 2, February 2005, Pages 177-186