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2015年5月8日金曜日

FOOT x BRAIN 5月9日出演 (その2) ドーハの悲劇

出演者の、福田正博選手のことは、もちろん私はレッズサポなのでよく知っていますが、都並さんについては、必ずしも十分に知識があるわけではないので、いろいろとネットを調べてみました。そうすると、非常に興味深いコラムがありました。
都並敏史が語るドーハの悲劇。「オフトは僕とだけ握手をしなかった」
というものです。ドーハの悲劇は、アメリカワールドカップに出場できる権利がもうすぐそこにあった、イラク戦でロスタイムに同点ゴールをイラクに決められ、ワールドカップが消え去ってしまった、あの語りぐさです。都並選手は、この時は怪我で代表で試合に参加ができなかったということのようです。このことを私はちゃんと理解していなかったのですが、このコラムを読むと、都並氏の悔やむ気持ちがひしひしと感じられます。

また、ドーハの悲劇についてもYouTubeで、試合最後のロスタイムに入れられる様子から、中継番組終了までの様子が見られますので、御覧ください。柱谷氏の悔し涙もグッと来ます。試合のフル中継もリンクしました。

この時代から20年。その頃、私は、アメリカから帰ってきて、子供が生まれて、Jリーグ各チームのマスコットのシールなどが配られていたことを思い出します。この20年で日本のサッカーも本当に大きく躍進しました。このように、システムを作り物事を進めるという実例は、自分の仕事にも役立ちます。10年20年先を見据えて積み上げていく。日本のサッカーにはそれがあるように思います。

明日、5月9日出演です!


2015年5月6日水曜日

FOOT x BRAIN (その1) 5月9日出演予定です。

再び告知ですが、テレビ東京の番組、FOOT x BRAIN に5月9日に出演することになりました。私は、あまりテレビを見ないので、この番組のことはよく知らなかったのですが、非常に面白い番組のです。土曜日の夜の放送にもかかわらず、その日のJ-リーグの結果などは一切取り上げず、ただひたすら、日本のサッカーが強くなるためにはどうすれば良いのかだけを取り上げています。

先日、ディレクターの守山龍之介さんという方が訪問されて、いろいろお話させていただいたのですが、本当に専門的な内容にも耳を傾けて、熱心に番組の内容を考えておられました。

番組収録では、サッカーと睡眠という話題について、お話しました。出演者は、レギュラーの勝村政信さんと、皆藤愛子さんのほか、都並敏史、福田正博(ともに元日本代表)のお二人が解説者として参加されました。

最近、スポーツと睡眠について取り上げられることが多くなったのは本当に嬉しい事です。番組がどのような形で放映されるかも非常に楽しみです。

2015年5月5日火曜日

FOOT x BRAIN (その0) 石井昌幸先生

実は私は、5月9日午後11時30分のテレビ東京FOOTxBRAINに出演します!よろしくお願い致します。

この番組はこういった意味で、サッカーを通じてではありますが、スポーツ科学を学べる良い番組であり、ぜひ多くの人に見ていただきたいと思います。

実は先日も私の同僚の石井昌幸先生が出演していました。彼から、出演するという話は聞いていたのですが、内容についてはあまり詳しい話はしていませんでした。FOOT x BRAINという番組は、土曜日の夜11時半という時間帯にもかかわらず、Jリーグの結果などは一切報道しない番組で、ただひたすら日本のサッカーを強くするためにどうしたら良いのかということを考える番組ということで、非常に興味がありました。私が石井先生の回を視聴しても、非常に良い番組だと思いました。勝村政信さんと皆藤愛子さんの視界で、バラエティー番組的な要素もあるのですが、石井先生はひたすらまじめにスタジアムについて論じていました。

早稲田大学スポーツ科学学術院の石井昌幸准教授は、スポーツ史の専門家です。スポーツ史の中でもブリティッシュスポーツの専門家で、毎年英国に滞在し、長い時間を英国の図書館で過ごしているようです。一年間、産業革命によってスポーツという活動にどのような社会的意義の変化が生まれたかなどという質問をすれば、彼は延々と語り始めます。私の大好きな先生の一人です。

今回の石井先生の話の中でも幾つか、興味深いポイントはあったのですが、一番私が印象に残ったのは、スタジアムが共通記憶の場になっている、という話でした。確かに、街全体の人がその街のチームを愛しているヨーロッパでは、スタジアムで起こった感動や悲しみがその土地の共通の記憶の場となってスタジアムに染み付いているのだと言ってもよいでしょう。