2014年9月26日金曜日

映画: Maleficent マレフィセント

ウォルト・ディズニーのMaleficentという映画を飛行機の中で見ました。眠れる森の美女のリメークなのですが、ストーリーは全く変わっています。ストーリーを詳細に書くのは控えますが、本来の眠れる森の美女のように、王子様のキスで王女が眠りからさめて、二人で人々が幸せに暮らせる国をつくりましたとさ…というような、ストーリーではなく、良い面も悪い面もある妖精Maleficentを主人公にした作りになっています。

このような、昔だったら勧善懲悪のわかりやすいストーリーの物語が、最近はこのような人間勧善懲悪でもないが捨てたものでもないですよ、というようなストーリーになっている気がします。このようなストーリーは大人が見ても、楽しめるのですが、どのくらいの子供がこのストーリーを楽しんでいるのでしょうか。

昔の単純な勧善懲悪でないストーリーが増えていることは、いろいろな側面から考察できると思います。人間の本質はそんなに単純でないということが価値観の多様化の中から人々にむしろ受け入れられやすくなったということ。これは、統合失調症の軽症化ともつなげて考えられることかもしれないのですが、このようなストーリーが増えていることはやはり、価値観の変化を示すものだと思いました。ただ、子どもたちはこういうストーリーは、善悪はそんなに簡単なものではないと必ずしも受け止めないかもしれません。良いこともやっていれば、悪いことだってしょうがないんだと受け取りがちな気もして、気になるところです。大人向けの映画なら良いと思うのですが。

もう一つの視点は、このようなストーリーがアメリカの映画に多いこととの関連ですが、アメリカの政治的な動きが、必ずしも勧善懲悪では説明できないのが最近明らかになっていていることとも関連あるかなとも思いました。自分たちのやっていることが正しいのかどうかわからない時には、人間は確認強迫的な行動が多くなることもありますが、なにかこのような映画がアメリカで作られているのをみると、自分たちの世界の中での行動が、良くない面があるのはわかるが、そんな勧善懲悪なんて世の中にないのだから、結果として何か良いものが得られれば良いじゃないかということを、国民レベルで確認しあっているようにも思います。

最近の、シリア領内のIS施設への空爆など、きちんと勧善懲悪で説明するのは難しいことばかりです。このようにグローバル化した世の中になると、昔だったら関わりあいのなかった人たちとも関わっていかなければならなくなります。ちょっと深読みし過ぎかもしれませんが、このようなグローバル化した社会に統一的なルールを作るのは困難なんだなと感じさせる映画でもありました。

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