2014年5月26日月曜日

ASRS ver. 1.1 再考

注意欠如多動性障害の診断法として、有用であるといわれている質問紙ASRSを用いています。電子カルテを使っているので、6つの項目のテンプレートを作り、それを患者さんに聞きながら採点していくようにしています。この様な方法をとっていくと、患者さんたちの内的な世界を伺い知ることができます。

ふだんの生活の中ではあまり意識しませんが、人はそれぞれ自分自身の内的世界と外界との相互作用の中で生きています。その場合、他の人の主観的な体験がどの様なものかは、直接詳細に聞いて初めて伺い知ることができるように思います。

いわゆる発達障害との診断が可能な人たちも、生来ずっとそれでやってきているために、それが普通だと思っている人も大勢います。もちろんその中で、いわゆる生きにくさを感じている人もいます。しかし個別的な事象になると、それは普通と思うことが以外に多いことに気づきます。ASRSの解説を読むと、「ASRSパートAの診断テストとしての特性評価では、感度68.7%、 特異度99.5%と報告されています。」と書かれています。つまり、ASRSで真のADHD患者さんの三分の一は外れてしまうわけです。そのようなものの意外と多いのは、実際にASRSの項目の症状があるのに、それを無いと答える場合です。

具体的な例をあげましょう。「長時間座っていなければならない時に、手足をそわそわと動かしたり、もぞもぞしたりすることが、どのくらいの頻度でありますか。」という問いに対して、めったにありませんと答えたとします。本人は、めったに無いと思っているわけですが、その時に診察室の中でもそわそわと動いていたりします。このような人は、これが普通でずっとやってきているために、非常に長時間になって、自分でもイライラする時になって、自覚的にそわそわすることがあると認識されるということがあるわけです。そのため、答えはめったにないとなります。

こういう時に、人はみんな主観的な世界の中に生きているんだなぁと思います。しかし、外来に来る患者さんはそうは言っても、困っていることがあって来院するわけですから、問題は感じているわけです。そのような問題を、一般の平均的な部分を基準として、診断し、話し合いながら治療のゴールを考えていくということは、臨床家としての経験が相当必要だなあと思いました。

若い頃は、精神科の医者は経験がなくても知識があればそれなりに治せると思っていたように思います。しかし、今になってみると、やはり経験の中である一定の常識をもち、それに照らし合わせながら治療していくということも、知識と同様に、あるいはそれ以上に大事なことであると感じています。


参考
ASRSの用紙
https://www.adhd.co.jp/doctors_lib/pdf/asrs_checklist.pdf

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